銀の風

四章・人ならざる者の国
―46話・海原を行く―



日が傾きかけた頃、村へ買い物に出ていたリトラたち3人がようやくコテージに帰ってきた。
「たっだいま〜♪んー、ペリドちゃんいい子にしてた〜?」
帰ってきて早々に、ナハルティンはペリドに抱きついて頬ずりし始めた。
「おいおい、帰ってきていきなり何してんだよ百合魔族。」
「アタシは百合じゃないもーん。ペリドちゃんをかわいがってるだけ〜!」
リトラに不名誉なあだ名で呼ばれてもどこ吹く風で、
犬が飼い主にじゃれるような調子で、ペリドの髪を撫でたり好き放題している。
「あ、あの……離れてくれませんか?」
ナハルティンになつかれて、恥ずかしいのかペリドはちょっと困り顔でやんわりと制する。
幸い、仕方なさそうな顔をしつつも、ナハルティンはあっさり解放した。
「んー、残念。ポーモルちゃん、ちょっとふかふかさせて〜♪」
“え?!今度はわたし??”
「ほどほどにしておいてやれよ。」
おろおろするポーモルをかばってやるかのように、ルージュはナハルティンに釘を刺した。
「わかってま〜す!」
わかっているのかいないのか、
ナハルティンはぬいぐるみのようなポーモルの毛皮をちゃっかり堪能している。
ペリドで遊べなかった分を遊んでいるように見えるのは、気のせいではない。
もっとも暴れたりするわけではないのだから、
少々迷惑なことを除けば平和なものだ。
「おいルージュ、そっちはいつ終わったんだ?」
「昼ぐらいだな。そっちもご苦労さん。」
「いっぱい買ったんだよ〜。」
リトラとルージュが話す横で、買ってきた荷物を指差してフィアスが笑顔で言った。
「おお、これだけあればきっと大丈夫ですね。」
ジャスティスがフィアスの指差す荷物を見て、ちょっとびっくりして声を上げた。
買ってこられた荷物は、それなりに量があるのだ。
これの整理はこれからなので、ちょっと大変かもしれない。
もっとも人手はあるから、きちんと手分けして取り組めばすぐに終わるだろう。
「今のうちに、仕分けせえへんとあかんな。」
「私も手伝います。」
「じゃあ、ぼくも〜!」
リュフタが思い立つと、協力的な2人がすぐに名乗りを上げた。
こういう協力的な性格の持ち主はありがたい。
2人の心がけのよさに、リュフタはこっそり感心する。
ついでにリトラもこの半分でも素直ならいいのにと思ったが、口には出さない。
「とりあえず、皆が持ち歩く分とそうじゃないのを分けへんとな〜。
さー、ちゃっちゃっとやったるで!」
「おー!」
リュフタの号令に合わせて、フィアスも意気揚々と声を上げた。
結構な時間出かけていたせいで疲れているはずだが、
人と何かをするのが好きなのか大丈夫らしい。
単に、リュフタのお手伝いしたいということもあるだろうが。
「まずは、これとこれを出して〜っと。」
てきぱきとリュフタが荷物を出して整理を始めた。
もちろんこうやって品物を分けて数を確認してから、一人頭いくつと割り振るのである。
「けっこうたくさんありますね。フィアス君、重くなかった?」
「ううん、だいじょうぶ!リトラがあのバッグに入れちゃってたもん。」
「あ〜、そうやったな。どおりで、ちょっと見ない隙にいきなりでーんとあるわけや。」
通常の空間の法則を無視するリトラのウエストポーチなら、
確かに運ぶのはとても楽だろう。
「リトラさん、こういう理由もあったから出かけたんでしょうか?」
「え、そうなの?!」
リトラが出かけた理由を深く考えていなかったフィアスは、
目からうろこが落ちた気分だった。
「えっと……分からないけれど、ね。」
フィアスが衝撃の事実を知ってしまったような顔をしたせいか、
驚かせすぎたと考えたペリドはあわてて言いつくろう。
「ん〜、そうかも知れへんな。
リトラはんもああ見えて、色々考えとるところがあるんやし。」
そんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、リュフタはうんうんとうなずいている。
日頃はお互い結構言い合う関係だが、
リュフタはちゃんとリトラの事を理解していたようだ。
彼女が言う色々が、何を指しているかはペリドとフィアスにはよくわからないが。
「そうですね。リトラさんはかしこい人ですよね。」
「んー、そう見えるんかいな?」
嫌味ではなく興味津々と言った様子で、リュフタがつっこんだ。
するとペリドは、即座にうなずいた。
「ええ。少なくとも、馬鹿な人じゃないと思います。」
「なるほどな〜♪」
ペリドの言葉を聞いたリュフタは、まるで自分の事のように喜んでいる。
旅をするリトラのお目付け役という立場上、
ちょっと親馬鹿のようなところがこっそりあるのかもしれない。
もっとも肝心のリトラの方は、ルージュと話す方に集中しているのか全く聞いていない。
「―なるほどな。で、明日お前は大丈夫なのか?」
「おう。今日出かけても特に何もなかったし、たぶん大丈夫だろ!」
リトラはルージュの懸念を吹き飛ばすように強調する。
実際、空元気というわけではなさそうに見えた。
その年不相応なタフさはどこから来ているのだろう。
感心するような呆れるような、そんな気分になりそうだ。
「やれやれ……ま、それじゃあ明日は大丈夫そうだな。
お前が大丈夫なら、他の連中は問題ないだろ。」
ルージュはリトラの頑丈さに逆に呆れつつも、それなら幸いとばかりに言った。
一番状態が悪い者さえ大丈夫になれば、いつでも出発できる態勢は取れる。
「ちょっと休みにい旅だから、完璧じゃないと本とはいけねーんだけどな。
ま、クークーはぴんぴんしてるし、大丈夫だな。」
「クークーなら、さっきたくさんご飯を食べていましたよ。
毎日思いますが……あの食べっぷりは驚きます。体が大きいから当然ですが。」
クークーをきっかけに、ジャスティスが会話に入ってきた。
一人だけ大きな獲物が必要なクークーは、先程も獲物を狩って食べていたらしい。
絶食しても何日かは耐えられる体だが、
もしかしたら長旅を察知して食いだめでもしたのかもしれない。
それならそれで、とても助かるのだが。
「まず獲物のサイズがすげーよな……。」
もはやあれは常識を超えているといった調子で、
リトラは一種の諦めに似た感嘆の情をもって語る。
クークーの獲物は本当に大きい。牛一頭なら平気で平らげてしまう。
体が大きいから胃も大きいのだろうが、
大きな鳥の魔物が大きな獲物を食べている光景は、ただただ圧巻である。
「ええ……。未だに慣れません、あれだけは。」
パーティに加入して日が浅いジャスティスは、
特にその光景に違和感を禁じえない。
当然ながら、ジャスティスは天界でそういう光景を見たことは一度もない。
しかし、フィアスやペリドでえ慣れてきたその光景になかなか慣れないのは、
もしかしたら、天使の文化も関係しているのかもしれない。
実際はどうだかは知らないが、
天使は積極的に獲物を狩って肉を食べることが少なそうに思える。
少なくとも、リトラはそうだ。
「あれくらいどうってことないだろ。肝っ玉小さい奴だな。」
「ドラゴンのお前と一緒にするのはどうかと思うぜ。」
ルージュの感覚と一緒にされたら、さすがにジャスティスには酷な気がする。
あまりデリカシーのないリトラでさえもそう思った。
何しろ日頃から生肉を主食にする種族と、
天界で野菜や果物を主食に育ったであろう種族を一緒にするのは無理がある。
「一緒にしてるわけないだろ。いい加減慣れろって言っただけだ。」
「それが出来れば、私だって苦労しませんよ!!」
ジャスティスが立腹して抗議するが、ごもっともである。
生き物には、どうしてもだめというものがあるものだ。
ただそれが理解されるかというと、悲しいかな種族の違いがある。
「まぁ、こんな話をいつまでもしなくてもいいけどな。
クークーがいくら食っても、腹を壊さなければいいだけだ。」
「無理にまとめんなよ!」
「そうでもしないと、いつまでも続くだろ?それはごめんだ。」
リトラのつっこみにしれっとそっけない返事を返し、
ルージュはそっぽを向いた。
彼も本当に人の神経を逆なでするのがうまいと、
リトラとジャスティスは同時に考えた。
何となく馬鹿にされている気がするのは、きっと気のせいではないに違いない。
だが、言ったところでルージュはすっとぼける気がする。
言うだけ疲れると思ったリトラは、
納得が行かない顔をしたジャスティスを放っておいて、整理途中の荷物の方を見に行った。
まだまだリュフタたちは整理途中である。
「おーい、進んでんのか?」
「はい、ばっちりです!」
珍しく自慢げに答えるペリド。
どうやら、彼女なりに満足が行く仕事になっているらしい。
荷物自体が多かったので、作業自体はまだかかりそうだ。
「リトラもやるー?」
「んー。」
フィアスに誘われて少しだけ考えると、
ペリドが横から手を出してリトラを軽く制止した。
「あ、リトラさんはいいですよ。
病み上がりで出かけたりしたんですから、休んでてください。」
にっこり微笑まれてそういわれてしまう。
朝でさえあの調子だったのだから、今度こそ休んでもらう気満々だろう。
「じゃ、あっちでごろごろさせてもらうぜ。」
元々整理する作業が好きではないリトラは、今回はこれ幸いと引っ込んだ。
ペリドはそれを見ても、今度は休んでくれる気になったと安心するだけで、
彼のサボり心までは気づいていない。
もっとも気づいたところで、
彼女自身が休めといったのだからどうという事はないが。
遠慮なく休憩し始めたリトラをよそに、
ルージュは竜の止まり木の最終確認をしに外に行った。
これがパーティの命綱なのだから、慎重かつ念入りな点検がいるのだろう。
外で、力が発動する気配がした。
「お〜、ルージュったらしっかりやってるじゃな〜い♪
さっすがー!」
コテージの窓からその光景を見物しつつ、ナハルティンが褒める。
ルージュは聞こえたのか、チラッと一瞬だけこちらの方を見てから視線を戻した。
我関せずといった態度で、アイテムの調子を確認したり、
クークーに協力させて試したりしている。
「あの調子なら、大丈夫そうやな。」
“そうね。安心、安心。”
ポーモルが冗談めかした相槌を打つ。
実際、慎重なルージュが念入りに点検するなら心配は無用だろう。
ちなみにそのまま、しばらく彼はコテージに戻ってこなかった。

―翌日―
ルージュが念入りに点検した竜の止まり木と、
リュフタ達が整理したアイテムを持って、一行はクークーの背に乗って海上に繰り出した。
行き先のヴィボドーラが、まだ見ぬ地であるメンバーの方が多いせいか、
意気揚々と言った空気がパーティに流れている。
それはクークーにも伝わっているのか、心なしか羽ばたきがいつもより力強かった。
「うっわー、気っ持ちいい〜♪」
「海が光って、きれいですね……。」
ペリドは眼下の海面に感嘆の息を漏らす。
天気がいいので、海面に太陽の光が反射しているのだ。
「それにしても、海の上ってけっこうまぶしいよねー……。」
「しょうがねーだろ。上に何もねーんだから。」
まぶしそうに目を細めるアルテマに、リトラはそういってたしなめる。
実際、リトラだって日差しが気にならないわけではない。
ただ、気にしたところで日よけもないから諦めているだけだ。
せいぜい、マントを着てフードを被るのが関の山だろう。
「それにしても、ここではさすがに何にもないとええんやけど……。」
「リュフタ、心配なの?」
神妙な顔つきで考え込むリュフタの横で、フィアスが不思議そうにしている。
「うーん、ちょっとだけやから。気にしなくてもええで〜。」
「そうなの?」
フィアスはちょっと納得できなさそうに首をひねるが、
リュフタの言葉を信じたらしく素直に引っ込んだ。
まったく、大人が期待する子供像を絵に描いたように素直な性格である。
―どーいうしつけをしたらこういう風に育つんやろ〜なぁ?
フィアスとリトラを目で比べて、リュフタは考え込んでしまった。
やはり元々の性質の差なのだろうか。
リトラだってしつけ自体は悪くない。それどころか、かなりいい方だ。
バロン王セシルの養子であるフィアスにも負けないだろう。
だが、結果は全然違う。
生きている年数の桁が違うことを差し引いても、かなり差があるのは気のせいではない。
「……まぁ、だから子供って不思議なんやろーな。」
「どうしたんですか?リュフタさん。」
1人で考えたことに結論を出して納得するリュフタを、
ジャスティスが首を傾げつつ見ている。
一体何のことだか、彼は気になるらしい。
もっとも、肝心のリュフタはそれに気がついていなかったが。
ジャスティスの方はそんな彼女の様子に気が付いて、聞いてもしょうがないと諦めたが。
「今日はどこまでいけると思う?」
「それはクークーのがんばり次第だな。」
「クィー。」
頑張るよとでもいう風にクークーは鳴いて、休むことなく羽ばたき続ける。
目的地まではまだまだ遠いが、
頼もしい生きた乗り物にここは全面的に任せることにした。



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やっと旅立ち。長い仕度も完了して、やっとクークーに乗って空の旅です。
仲良く分担して荷物の整理をする3人とか、色々。ルージュも事前の点検を怠りません。
この際、クークーの食事に関する議論は置いておきましょう(え
とりあえずあまり空の旅は書くこともないでしょうから、
ここはさっさとヴィボドーラに進める予定です(笑